橙色の烏瓜

 

 夏祭りのお囃子のにぎわいのそばで、きれいな浴衣を纏いながらもそれとは対照的に暗い顔をする少女が一人、佇み携帯のメールのチェックをしていた。

(はぁ、やっぱり……そうだよね)

 携帯電話にずっと待っていても来なかった友達からドタキャンのメールが入っていた。

 

 小学校のころからどんくさく、周りに溶け込むことが苦手だった。

 いじめがもとで、新たな場所に引っ越してきた。

 新たな場所では友達もできた、しかし、それでもドタキャンのメールなどを受けてしまうと、人に嫌われているのだ、という気持ちが頭をもたげてくる。

 

 もう一度携帯の待ち受け画面を見て、また、ため息をつく。

「暗い顔してどうしたの、お嬢さん? 」

 声に驚きはっ、と顔を上げる、とそこには見慣れない栗色の頭の青年がいた。

「どなたですか? 」

 不信を抱きながら尋ねてみれば、一瞬青年は目を見張ったかと思うとすぐに顔を和らげた。

「あぁ、ごめんね。僕の名前は葛って言います」

 髪は明るい茶色、目も色素が薄く、肌も白い、そして肌と対照的に着物は真っ黒だった。

 魅力的な笑顔に見入っていると再び尋ねてくる。

「もう一度聞くけど、どうかしたの、さっきからため息ばっかり折角かわいい顔がだいなしだ、笑って」

 軟派な口調だがその顔は心配≠ニ書いていた、軟派な人は苦手だったのだが、なぜか葛の態度は嫌ではなく、むしろ好意を持てるくらいだった。

 心配そうなその顔が何となく愛らしく見えてきて思わず笑顔になる。

「いえ、えっと、大丈夫です。葛さん、私もとからこんな感じなので」

「さっきと全然違うじゃん、やっと笑った」

 笑顔で返してくれると、さっきまでの鬱々とした気持ちが一気に晴れた。

「ところで、名前聞いていい? 」

 相手は名乗っているのに自分は名乗っていないことにようやく気付き少し顔が赤くなる。

「えっと……、私はやよいといいます。えっと、弓矢の矢、佳作の佳で矢佳です」

「そっか、矢佳ちゃん、今日はひとりなの? そんなにおめかししてるのに? 」

 痛いところをついてくる。葛も一人だが、まだここにあらわれて間もない、きっと彼女か何かを待っているのだろう。

「えぇ……まぁ、友達と約束してたんですが……なんかドタキャンされちゃって」

 すこしうつむき無理やり笑顔を作る。

「葛さんは彼女さんとの待ち合わせかなんかですよね? 」

「え……? 僕そんなにもてそうかな? 」

 よほどびっくりしたのか目を見開き自分を指さし考えている。

「僕ね、彼女も友達も待ち合わせてないんだ、何となくお祭りが賑やかでうれしくてきたんだ。ねぇ、待ち合わせいないなら、僕と一緒にみて回ってよ」

 にこっと、笑って手を差し出してくる。普段なら絶対にとらないようなその手を矢佳は反射的に握っていた。

 

 

 出店をいくつかまわり、少し疲れたので少し出店の道を外れ、二人で河川敷の芝の上へ座り込む。

「……葛さん、今日はありがとうございます。あの時、私すごく暗い気持ちだったんです」

 なぜか話したくなり、ゆっくり矢佳は、話だした。

「私、小学校のときイジられてたんです。どんくさいって言われて……それが、中学校上がったころにはいじめに変わっていったんです。最初は頑張ったんです、どんくさいって言われないように……でも頑張りきれなかった。それでここに引っ越してきたんです。ここでは、どんくさいって言われないし、優しい友達もできました」

 一度何かをこらえるように息を吐き出す。

「でもやっぱりこうやってドタキャンされちゃったりすると、あぁやっぱり自分はダメなんだって、思っちゃって……」

 うつむき笑顔を作る。

「……ねぇ、その笑い方やめたほうがいいよ、似合わない」

 葛は、矢佳の頭に手をおき、くしゃっと頭をなでる。

 そして、目線を合わせると灰色の瞳が一瞬細められる。

「僕の目って薄い色だとおもわない? 」

 背筋を伸ばして今度はその髪に触る。

「この髪も、色素薄いでしょ? 染めた色みたいに、肌もね」

 口元を笑顔ともつかない形に歪める。

「君はいい色を持っている、日本人らしい色。僕はねクオーターってやつなの、だから目も髪もついでに肌も色が薄い、それでやっぱりいじめられる、外人―って。でもね、君みたいに僕にも友達はいるんだ、僕は信じている友達だから。君は、信じられない? 友達を」

 真剣なまなざしで矢佳を見つめてくる。

「……わかってるんです。友達を信じないと、って、でも、私は自分に自信なんかないんです」

 葛は苦笑を浮かべ矢佳に笑いかける。

「そっか、だけどさ、そんなこと言ってたら堂々巡りだよ。まずはさ、自分の笑顔に、自信をもってごらんよ。自分の笑顔に幸せを感じてもらえるかも、とかさ……少なくとも僕は無理してない君の笑顔が好きだし」

 色素の薄い髪が月の光を浴びきらきらと日の光のように輝く。

「え……がお」

「そう、にーって笑っておいで、そうしたら君の友達も君自身も幸せであれるはずだもの。それに、一番女の子がかわいくいられる顔でもあるしね」

 気障っぽくウィンクをするさまが、何となく似合っていなくて、矢佳は、思わず笑ってしまった。

「ひどいなぁ、笑うなんて、ま、いいけどさ」

「ふふっ、ごめんなさい。でも葛さんのわざとらしいそのウィンクとか、あんまり似合ってない気がしたもので」

 さらに笑いそんなことを言っていると、ふてくされた顔で葛はそっぽを向いてしまった……そっぽを向いてはっ、とした表情をした。

「……? 葛さん、どうかしましたか? 」

 なに? とこっちを向き何もなかったかのように小首を傾げてくる。

 矢佳は、自分の見間違えだと思いその何事もないような葛に何でもない、と手を振る。

「そういえば、あと少しで花火が始まるね、あっちならよく見えるかな……行こうか」

 また差し伸べられた白くて冷たい手をつかんだ。

 

 花火を眺めながらその色彩の鮮やかさを目に焼き付ける。タイミングが良かったのか、とてもよい場所で見ることができたそこには、たくさんの烏瓜がなっていた。

 まだ緑のその実を葛は、手で弄び、もうすぐ夏が終わるんだね、と寂しそうな声でぽつりと言った。

 その声は矢佳の耳にいつまでも響いた。

 

 

 楽しい祭りの夜はあっというまに過ぎ去った。

 夏休みもそれから間もなく開け、再び学校での生活が始まる。

 ドキドキしながら、教室の扉を開ける。

 葛の声が耳を掠める―友達を信じて……

 顔をしっかりと前に向ける。すると、窓際の前から二番目の席で雑談をしていた女生徒が顔を上げた。

「やよい!ごめんね、夏祭りの日」

 おはよう、と挨拶するよりも早く中心にいた女生徒が声をかけてきた。ドタキャンの相手である。

「あの日、お父さんがいきなり倒れちゃって」

 すまなそうに手を合わせて謝ってきた。

 相手の親が、倒れたと聞いたのに、こころのどこかで安堵する。

「ううん、大丈夫だよ、私は。それよりも、お父さん大丈夫だったの? 」

「うん、大丈夫だったよ、なんか、胃潰瘍…だっけ、とかっていうのになっちゃったらしくて、あの後ずっと家の手伝いだのなんだのって、気が付いたら夏休み明けちゃって……」

 詳しい理由を言いそびれた、ということだった。

 自営業であるその子の家は一人倒れてしまうと一人あたりの仕事が増えるのだ。

( そういうことだったんだ、私の杞憂だ……)

 そう思えると、自然に笑顔になっていた。

「よかった、なんか、ほんとにいろいろよかったよ! 」

 満面の笑みを浮かべると、よくわからない笑顔の矢佳を不思議そうな顔で一瞬見つめ一同ぽかんとしたあと、みんな誘われるように笑顔になっていく。

「なんか、矢佳いい顔で笑うようになったよね」

 一人が、そういうと口々にみんな同じことをいいだす。

「前みたいに無理に笑ってます。って感じじゃなくなった」

「だよね、引っ越してきたときのあの笑顔、苦しそうだったもんね」

 ―……笑顔でいれば幸せになれる

 再び葛のそんな声が聞こえたきがした。

 ほっとして談笑にふけっていると教室の後ろから別の話し声が聞こえた。

「……怖えーよなぁー」

「そこって、夏祭りやった近くの河川敷だろ? 」

 全く関係ないはずなのにいやにはっきり聞こえる。

「そ、なんか結構骨になってたらしいぜ」

「へぇ、それって男? 女? 」

「断定はできないけど、着てたものから男、らしいぜ」

 矢佳の心臓がどういうわけか大きくひとつ鳴った。

「ねぇ、あの男子の話って何のはなし? 」

 話が引いてきたところで、みんなに聞いてみる。

「あぁ、あの話ね。なんかね、夏祭りの河川敷で死体が見つかったんだってー」

「しかも、大分白骨化が進んでたらしくて顔とかもわかりにくくなってて性別もちょっとわかりにくかったらしいんだけど、遺留品から髪は薄茶で薄汚れてはいたけど男物の黒い着物をきてたらしいよ」

 怖いよねぇ、といってみんな眉をひそめた。

 

 心臓が恐ろしいほどに鳴った。

 頭は一気に血が駆け巡り痛いくらいだった。

 

 学校の始業式も終わり、二学期の一日目が終わった。

 それと同時に矢佳は走っていた。葛と過ごしたあの夏祭りの場所へまっすぐに。

 走ってはしってあの場所へ行った、葛に話を聞いてもらったあの場所へ。

 そこには、黄色と黒の立ち入り禁止のテープが張られていた、死体は回収されたのか、はたまた見えないだけなのか、そこには何も見えなかった。

 どうか違いますように、心の中で願いながら葛に会えるかもしれない、そう思い歩き続ける。

 葛に声をかけられた場所、綿あめを買ったところ、お面を見て楽しんだ場所、射的をした場所、ゆっくりゆっくり歩いてまわった。しかし、葛には会えなかった。

 夕暮れも黄昏に変わるころ最後に二人で花火をみたあの烏瓜のある場所にたどりついた。

 烏瓜が赤く染まっていた、あのときはまだ、緑だったのにそう思い烏瓜に手を伸ばす、とあの時みたいに声がかけられた。

「どうしたのそんなくらい顔して……」

 そこには、あの時と同じ葛がいた、茶色の髪、灰色の目、白い肌、それと対照的な黒い着物。

 しかし、一つだけ違うものがあった、表情だった。

 苦しそうな、悲しそうな、けれども少し嬉しそうな、複雑な顔色だった。

「か……ずら……さん、葛さん」

 泣くまいと決めていても自然涙がこぼれる。

「ばれちゃったんだね、残念」

 頭を撫でられる、あの時のように冷たく温かい手で。

 その手で、なでられているとゆっくりと気も静まっていく。

 そして、少しずれた話をする。

「……葛さん、私の勘違いでした、友達あの日から家が忙しくなっちゃって連絡とかもできない状態だったらしくって」

 そういって涙に濡れた笑顔を向ける。

「よかった、また笑ってくれて」

 そういって、葛はおでこを矢佳のおでこに当て何かを決意するように少し息をつく。

「僕さ、家だと一人だった、僕の母さんはいわゆる先妻で、僕のこれは全部、母さん譲りなんだ。最初は継母もかわいがってくれた、小さかった僕はかわいかったんだろうね」

 そういってふっと笑うと葛は矢佳から少し離れた位置へ移動した。

 そして秋の西日に顔を隠しながらも笑顔をたたえて話続けた。

「僕は、本当に母さんに似ていたんだ、大きくなるとそれはますます顕著になった。父さんは男らしい体格をしていて結構がたいがいいほうなんだ、だけど僕はどんなに食べても、どんなに運動してもそうならなかった」

 笑顔なのに寂しそうな顔で矢佳をまっすぐに見据えて言葉を選びながらゆっくりと話続けた。

「父さんはだんだん僕を見なくなった、見て見ぬふりってやつかな、でね、継母はその時には子供もできてたから僕の存在をないものとしてた、それでも最初はよかった。無視をされてもごはんもらえてたし、だけど、そのうちごはんも出なくなった、電気とか消した後に点けたらヒステリー起こすんだ」

 きらきらと光っていたその髪も今は闇に溶けてしまいそうだった。

 矢佳は、知らず、必死に本当はあるはずのない葛という存在を抱きしめた。葛はその手を軽くほどき淡々と話す。

「学校にはそんなことわからなかったし、それがばれて学校に親呼ばれたらさらに継母がヒステリー起こすことわかってた、だから笑顔で過ごした、昔母さんが言ってたんだ、幸せは笑顔の人のそばにくるんだよ、ってさ、でもさ、僕死んじゃったんだ、死んだ…」

 瞳から涙を流す、葛は涙を流しながらうつむいた。

「友達に心配はされていたけど誤魔化してた。だけど知らないうちに栄養失調になってた、夏休み大学って長いから、お祭りが楽しかった、だけどお祭り行ったことがばれて幽閉状態、もう意識も怪しくなってた、だから僕は楽しい思い出のある浴衣を着て知らず外に出てた。で、あの河川敷でこと切れた、結構草の深いとこだったんだね、おかげで矢佳ちゃんに会えたみたいだけど」

 去年葛はそこの河川敷で友達と仲良く語りあったのだといった。

 全てを話し終えて葛はすっきりしたのか、さっきとは違う悲しみをたたえた笑顔ではない落ち着いた笑顔を見せた。

「矢佳ちゃんには話聞いてほしかった。聞いてくれてありがとう、おかげですっきりできた」

 晴れやかなその顔は眩しかった。

「葛さん、私やっぱり笑顔は幸せを呼ぶと思います。葛さんの笑顔のおかげで私は葛さんと出会えました、そして、こうやって変われたんです」

 自然な満面の笑顔を見せられたはずだった。

 しかし、それは失敗に終わったようだった、急に葛が顔を寄せたかと思うと矢佳の額に軽いキスをし、頬を伝った涙を拭う。

「今日は期日だ、僕の命日……僕は彼岸に行くよ、矢佳ちゃん、君はゆっくりこっちにおいで、それまでお別れだ」

 にっこり笑い軽く手を伸ばしてきた。

 あの時のようにその手をとる。手に触れた確かなその感触は、あっという間に空をつかんでいた。

 月の明るい夜、星はきらめく、地上では蛍が輝く。

 葛の触れたあの烏瓜が、月の光を浴び葛の髪のように温かにきらめいた。

                   Fin